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「せっこう」の歴史

石膏(せっこう)の建材としての歴史
「石膏(せっこう)」の建築資材としての利用の歴史は紀元前7000年の古代エジプトにまでさかのぼります。エジプト・ギセーにある著名なクフ王のピラミッドからは、王の石棺にアラバスター(結晶石膏)が使われており、さらにクレオパトラがワインを飲むのに使った杯は天然石膏から削り出されたものといわれています。古くから石膏は美しく、しかも丈夫なため、石材として用いられていたばかりでなく、道路舗装、彫刻用材としても活用されていました。その加工技術はペルシャ時代からギリシャ、ローマ時代へと受け継がれ、その過程で建造物への施工技術が確立し、欧州の広域に広まりました。

せっこうボードの発明
17世紀のアメリカではログハウススタイルの木造住宅が主流で、防火性のある石膏プラスターを内装に厚く塗っていました。この「可燃性の木材を燃えない石膏で覆う」という発想から、アメリカのオーガスティン・サケットによって1902年、せっこうボード(gypsum-board)が発明されました。

石膏(せっこう)の建材としての歴史
わが国での石膏利用は江戸時代に主に医療などに使われたのが始まりで、わが国初の焼せっこうが工場で本格的に製造されたのは大正元年(1912年)、吉野石膏の前身・吉野石膏製造所が製造を開始して以来のことです。

わが国のせっこうボードの製造・販売は吉野石膏が大正11年(1922年)に開始したのが始まりで、当初はすべて手作業で、水平なアルミ板の上に石膏のスラリー(泥状のもの)を流し込み、原紙と貼り付け、さらに原紙で覆いローラーで平らに延ばして板状にしたのち、天日干ししていました。現在では、ほとんどオートメーション化された工場で製造され、高品質な製品を提供しています。いまでも「せっこうボード」は「プラスターボード」と呼ばれますが、プラスター(plaster)とはもともと「塗りつける」という意味で、プラスターボードと言う名称はその造りに由来しているのでしょう。


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