株式会社石野内装 様
第十六回 株式会社石野内装 様
永らく吉野石膏の商品をご愛顧いただいている
お取引先様のお気持ちを“吉野愛”という言葉に
置き換えて、そのお心をお伺いに回る
タイガーくんの“吉野愛”をたずねて。
お仕事への思い、商品への思い・・・。
さて、どんなお話が飛び出すでしょうか!?
企業プロフィール
会社名 : 株式会社石野内装 様
住所 : 栃木県宇都宮市北若松原1-6-12
代表者 : 代表取締役社長 石野 哲也 様
会社設立日:1976年(昭和51年)8月18日
事業内容 : 内装仕上工事業
第16回のお客様は、栃木県宇都宮市にある
株式会社石野内装 代表取締役社長の石野哲也さんです。
大学卒業以来ずっと勤められていた編集、ライターという出版関係のお仕事から、8年前にお父様の会社を引き継ぐことになった石野社長。
他の社長さんとは異なる経歴だからこそ感じられている「建築業界のお話」を伺って参りました。
<出版のお仕事から建築業界へ転身>
石野社長)石野内装は1976年にうちの父が作った会社です。業務内容は内装全般でして、ゼネコンの下請けを中心に、例えばこの部屋の窓から見えます栃木県総合運動場の体育館のプール棟、国体に備えて建てられたスタジアムの一部なども施工させていただきました。軽量鉄骨を組んだ後に吉野石膏さんの「素敵な」せっこうボードを張り(笑)、その上をクロスで仕上げる。これを壁、床から「素敵な」天井まで(笑)、仕上げを行う仕事です。
タイガー)「素敵な」と、お褒め言葉を連発をしていただき、ありがとうございます(笑)。
石野社長)私は大学を卒業後、大好きなバイクや旅行を扱う出版社にて雑誌編集の仕事を行い、その後独立してライターやコピーライターとして働いておりました。父には「私は跡を継がないよ」とずっと言っており、この話題には親子でのらりくらりと避けておりましたので、まさかこの内装業をやるとは思っておりませんでした。
ところが年を重ねるごとに父の体調など、様子が不安になって参りまして・・・。私の心のどこかに覚悟ができて参りましたのが今から9年ほど前、父が78歳ぐらいの頃だったかな、と思います。その辺りから月に1回、会議に顔を出す程度の接触はしてはいたのですが、父に何かあってからではと本腰が入りまして、それまでの住まいでした東京を引き払い、経理をやっていた母から仕事を引き継ぐなど、こちらで仕事を始めたのが今から8年前のことです。そこからわずか半年で父が他界し、私が社長を務めることになりました。つまり、私はこの業界に関わってまだ10年も経っていないんです。
タイガー)それでは、当時は大変なご苦労だったのではないでしょうか?
石野社長)いや、それが・・・社員が優秀なものですから、私は大した苦労はしていないんですよ(笑)。皆さん、私以上に父と多くの時間を過ごしてきた方々ですから、父の考えることなどがしっかりと沁みていたような感じでした。今でも現場の管理、経理関係をメインにやっていただいていますが、若い職人さんは別として、皆さんここで長きにわたって、深い理解の下で働いてくださっている方ばかりです。
タイガー)石野社長色といいますか、先代のお父様の時代と変えたいな、と意識されてきたことはございますか?
石野社長)いきなり素人同然の社長が座って、周りは大変だったでしょうね。私は「仕事はできるだけ楽しくやって欲しい」と思っているので、それは心掛けてきたつもりです。私自身も自分で選んだというよりは、家業から結果的にこの仕事をやることになったわけですが、楽しく働けており、今ここにいられて良かったな、と考えています。
タイガー)ここから先の一工夫、についてのお考えをお聞かせください。
石野社長)この先は一工夫も、ふた工夫も、必要になってくるでしょうね。例えばAIやバーチャルリアリズムの技術、コンピュータの力を使うことが当たり前の現場になってくるでしょう。
例えばある壁紙を貼っておくと光の当て方で様々な模様の変化が楽しめるような技術や、設計図から起こした完成イメージを、装着したアイウエアからリアルに実感ながら、経験の乏しい職人さんでもソフトに収容されたベテラン職人のノウハウを駆使して、修正や注文が現場で簡単に手直しできるような「デジタル技術の活用」が当たり前になっていくような気がします。いずれにしても世の中の流れは速いです。守るべきところと変えるべきところの対応と見極めが必要です。すでにBIM(Building Information Modeling ~コンピュータ上に作成した3次元の建築モデルにコストや仕上げ、管理などの属性データを追加し、環境性能や各シミュレーション、効率的な施工計画が立てられる画期的なワークフロー )も活用が進んでいますが、これの進化版などを、現場で全員が使う時代が、もうすぐそこまで来ているんです。
<「吉野石膏」についてお聞きします>
タイガー)となると、吉野石膏とのお付き合いも8年前から、ということになりますでしょうか?
石野社長)そうですね。8年前というと、吉野石膏宇都宮営業所の柴田所長が頻繁にお越しになっておりました。建築業の知識が乏しい、いきなりやってきた社長に対してやりにくさもあったと思います。専門的な仕事の話は、それぞれ現場の担当者とのやり取りでしたから、当初は商品の説明云々というよりも、”社長“として業界にいち早く馴染むようにお気遣いくださっていたと思います。
吉野さんの商品についてですか・・・、うん、やっぱりせっこうボード自体の重さかな、もう少し軽くなるといいですよね。せっこうボードは「軽くて、硬くて、必要な場所では柔らかくて、加工がしやすい」っていうのが一番いい。これから先、高齢化し数も減っていくであろう職人さんのストレスを減らしていくことは重要な課題ですから、軽くなる、ということはそれを考えても大切な要素だと思います。
建築というお仕事はね、最初に水平を出すところから始まって、鉄を継ぐ人や、重機を操作する人、足場を作る人・・・様々な仕事の色々な人の手で受け渡されてきたバトンを繋ぎに繋いで、最後の最後に仕上げの仕事がやってくる。しかもそこはお客さんの目が一番付くところですよ。私たちは特にゼネコンさんが入った仕事だと、自分が造った建物を誰がどうやって使うかの「顔」が見えません。しかし、例えばプールだとしましょうか。私たちが手掛けたプールの控室で過ごした人が、もしかしたら世界記録を出すかもしれない。と考えると、建築の仕事をする、ということはそこに関わった一人になれるんです。戸建てならその家で育った少年が将来ノーベル賞を取るかもしれないんだぞ、というイメージを持っているんです。多くの職人さんたちが丁寧な仕事で繋いできた建物の、最後の仕上げである内装をやるってことは、誰かはわかりませんがそこで時間を過ごす方に「力を出し切って欲しい」「気持ちよく勉強して欲しい」「静かな環境で集中して欲しい」という願いを込めて、心を入れて仕上げるってことなんです。しかし、その一方で内装に主張は不要です。空気のような存在と言いますか、ごくごく普通に、しっかり機能していればいい。それが一番難しくて、かつ内装に一番必要とされるところではないでしょうか。そこに吉野石膏の商品が持つ「安定感」が大きくかかわってくるんですね!せっこうボードは建材ですから、その単品に愛を注ぐということはなかなか難しいのですが、ほぼ独占的な、吉野石膏無しでは成り立たない業界でございますし、吉野石膏という会社が持ついい意味での芯の堅さや、商品への安定・安心感が何より大きいのではと考えます。
何度も言いますが、うちは設計の指示通りに丁寧に内装を仕上げるという役割なんです。例えば戸建ての仕事なんかでしたら、機能性ボードの話は施主様としても面白いし、仕事にも繋がりますでしょうけれども。だから、なかなか・・・・。
(吉野石膏の担当営業に向かって)ね・・・、うちの専務とよくゴルフの話をしているよね?(笑) それで良いんです。
<吉野石膏の担当営業と一緒に>
タイガー)石野社長はゴルフはやられないのですか?
石野社長)仕事のお付き合いもあり社長になってから父の形見のクラブを使って始めました。父がやっているのを見て、子ども心に「へたくそだし、そもそもゴルフなんてオヤジくせぇなぁ」と思って見ていたのですが、未だに父のスコアを抜けずでして。地元の高校時代の友達がゴルフを始めたこともあり、お互いに刺激しながら、まぁ楽しくやっています。
タイガー)学生時代のお友達のお話が出ましたが、学生時代のお話を少しお聞かせ願えますか?
石野社長)学生時代と言えばバイクとバンドですね。バイクは何台か持っていますが、もう20年ぐらい付き合っているハーレーのスポーツスターがお気に入りの相棒です。学生時代から大型免許を取って乗っていましたから、大げさでなくて「人生の中心にバイクがある」という感じですかね。バイクの魅力ってね「不安定さ」だと思うんです。不安定ゆえに、「俺がいないと成り立たない・・・、だろ?」と語り掛けながら共に走るというか・・・。バイク雑誌の仕事をしたということもあるのですが、バイクではもう日本中を走りましたね。
それとバンド活動ですね。バンドではベースをやっていました。今でもたまに指を動かしていますが、なかなか自由にはならないものです。大人になると昔の音楽活動に再び目覚める方も多いようで、東京では自身で演奏できる音楽喫茶や、クラブのようなものもあるみたいですね。できれば音楽はやってみたいな、とは思っているのですが時間も限られていますので・・・。人間、どこかで趣味趣向が止まるもので、最新の歌を追いかけるよりも自分の好きな音楽を満喫するほうが、自分の性には合っているようです。
<戒めとして今も持つ、事故で削られたバイクのステップ>
<インタビューを終えて>
出版業界という、ある種「仕事の正解」が一つではない世界から転職され、今は「最も建材が活きる方法で、設計通りに、きっちり作り上げる」ことが求められる建築業界で、その喜びを得るために多くのエネルギーを注いでおられる石野社長。
終始丁寧に言葉を選ばれながらのお話しぶりでしたが、五感をフル動員しないと成り立たないご趣味で鍛えられた感覚に加え、マスコミ育ちの感性と、的確な形容詞を駆使される表現力に、インタビュー中、何度もタイガーくんは「へぇー」と感嘆の声を上げ続けておりました。
「石野社長が、建築業界にさらに新しい風を吹き込むこと、間違いなし!」
タイガーくん、僭越ながら太鼓判を押しちゃいます!
宇都宮近郊の職人を志す皆さま。
「楽しく仕事」がモットーの石野内装で、お仕事ご一緒しませんか?