吉野石膏株式会社


三好フローリング株式会社 様

HOME  ⁄  タイガーくんの吉野愛をたずねて インタビュー  ⁄  三好フローリング株式会社 様

第十八回 三好フローリング株式会社 様

永らく吉野石膏の商品をご愛顧いただいている
お取引先様のお気持ちを“吉野愛”という言葉に
置き換えて、そのお心をお伺いに回る
タイガーくんの“吉野愛”をたずねて。
お仕事への思い、商品への思い・・・。
さて、どんなお話が飛び出すでしょうか!?

企業プロフィール

会社名 : 三好フローリング株式会社 様

住所 : 千葉県習志野市袖ヶ浦1-4-19

代表者 : 代表取締役 高橋 利幸 様

会社設立日:1962年5月2日

事業内容 : 内装仕上工事業

URL : www.miyoshi-flooring.co.jp

第18回のお客様は、千葉県習志野市にある

三好フローリング株式会社 代表取締役社長の高橋利幸さんです。

 

この季節の風物詩とも言える「夏の甲子園」、全国高等学校野球選手権大会も昨日幕を閉じましたが、高橋社長も根っからの野球人!お話の中にもお部屋の中にも、野球の匂いいっぱいのインタビューとなりました!

<青春時代も今も、大切な時間の中心に野球がありました>

タイガー)このお部屋に入ってすぐ、こちらのプレートが目につきましたが・・・。

 

高橋社長)これは地元・習志野の市立習志野高等学校、春と夏の甲子園出場記念のプレートです。91回と101回となっていますが、春夏で差がありますから、同じ年の同じチーム、ということになります。地元のロータリークラブで習志野高校OBの方とご一緒しているのですが、そのご縁でこのプレートを頂くに至りました。ちなみに今、習志野高校の監督は私の中学の7学年上の先輩が務められています。

 

タイガー)社長ご自身も野球をやっていらっしゃったのですよね?

 

高橋社長)はい、小学校2年生の時に少年野球で始めたのを皮切りに、関東第一高校ではセカンドを守っていました。この関東一高のユニフォーム(写真)は当時のものではなく、現在のチームのものなんです。関東一高は強豪校だけに練習はとても厳しく、特に夏の室内練習場がきつかったという思い出があります。何といっても狭いところに100人超の部員が入っての練習ですからね。それに較べたら、その後の人生でキツイことなんて無いですよね(笑)。先日高校時代の先輩たちと一堂にお会いする機会がありまして、緊張して臨んだものの、皆さんとても優しくなられて面喰いました(笑)。

 そして今は習志野市の40歳以上の選抜チームに所属しています。ポジションはサード。9月16~17日には東日本(北海道~関東)大会があり、その参加16チームにも選ばれている強豪なんですよ。

 私が野球から学んだ「礼儀から入って、礼儀で終わる」は、上下関係が厳しい部活動を通じて身に染み付いたものですから、いくつになっても変わらないですし、有難いものだと感じています。

<「床の専門会社」としての心意気>

  • タイガー)では、少し会社の事をお聞きいたします。社名に「フローリング」とついている会社は珍しいと思いますが、これについて教えていただけますか?

     

    高橋社長)はい。うちは1962年操業ですから今年で61年を数えます。元々、木材関係の仕事をやっていた叔父が「これからはフローリングの時代だ!」と、27歳の時に会社を立ち上げ、主に学校の300角(294mm×294mm)のフローリングブロックをやってきた会社です。6~7割は学校関係の仕事なものですから、学校が夏休みの今は仕事が多いですね。社名の「三好」は人名からではなく、東京都江東区の「三好」という地名から付けられています。

     私は大学を卒業してすぐにこの会社に就職を致しましたから、31年在籍していることになります。親戚の会社ですし、当時この会社の寮が江戸川にあり、私はそこに住んでいましたので大学時代から休みと言えばこちらの職人さんの下について、材料運びや作業などのアルバイトをしていました。もちろん「フローリング」と社名についてはいるものの、フローリングだけをやるわけではなく、せっこうボードも含めて内装全体の仕事など、色々なことをやっていました。例えば壁専門の会社ですと、なかなか専門性の高いフローリングを行うのは難しいのですが、うちは内装全体を1社で賄えるのが特長で、現場で職人同士がうまく連絡を取って効率よく作業を進められるなど、うちのメリットを十分に活かすことによってお客様に重宝されてきたのでは、と考えています。うちには「社員職人」さんはいないのですが、協力会社さんを含め、多くの請負の方に協力していただきながら、追い込まれた現場でも工期を守れるように仕事を納めて参りました。

     

    タイガー)一般的なの内装業の会社に較べて、商圏も広いような気がします。

     

    高橋社長)学校中心の商売ですから、やはりそうなるのかもしれません。その対応のため、この建物の1階や隣接する倉庫の中は品物だらけです(笑)。お陰さまでうちの会社はリピーターのお客様が多く、それで成り立っているようなところがあります。私が大切にしている言葉はこの3月まで日大三高の監督をやられており、私が現役時代の高校の監督でもあった小倉全由さんの「練習は嘘をつかない」なのですが、この野球を通じて教えていただいた言葉を、商売を行う上でも大切にして、丁寧に準備万端整え「三好さんに仕事をお願いして良かった」と、お客様に言っていただけるような仕事を続けていきたいと考えています。

     

    タイガー)働き手の問題についてはいかがですか?

     

    高橋社長)人は欲しいですね。建築業界全体に言えることですが、人の集まりは正直良くないです。ITなど他の業種に学生さんも流れて行ってしまい、求職しても反応は良くありません。できるならば職人だけでなく現場管理も両方できるような人を育てていきたいと願っています。よくお客様に「今回もあの職長さんをよこして欲しい」と言われることがありますが、これは誇りです。お互いの信頼で仕事ができるって素晴らしいですよね。もちろんうちで働いていただいている職人さんの年齢、高齢化は気になります。これはそのまま会社の存続にかかわってきますから。こればかりは一朝一夕にできるものではありませんので。

     今、千葉の組合では横のつながりをしっかり持って、お互いに人手の融通をし合うようなことを行っています。この業界は1社だけじゃ成り立たなくなっている状態ですし、人の問題だけでなく、制度、例えば社保や年金のような話にしても、色々な業界の中で建築という分野は世の中に置いて行かれているような気がしています。元来、社員ではなく一人親方のような方々が多くいて成り立っている業態でしたから。だからこそ本当にここから先は危機感でいっぱいなんです。

<「吉野石膏」についてお聞きします>

高橋社長)吉野さんとの最初の接点は学生時代にバイトでせっこうボードを運んだ時からですね。そのころは荷揚げ屋さんという仕事がなかった時代ですから、「重い!!なんでこんなことしなきゃならないんだ!」と恨めしながら、手が痺れる中、1日に1000枚のせっこうボードを荷揚げした辛い思い出があります(笑)。それだけにもう少し軽くなったらいいなぁ、というのは今でも思いますよね。吉野石膏の製品は機能性が増えてきたことに伴って種類がすごく増えてしまった。耐火、遮音といった基本を抑えておけば、種類は少なくしても良いのかな、とは思いますね。もちろん間仕切りの厚さひとつとっても色々あるのは良いことなのかもしれませんが・・・。

 新製品と言えば最近、耐火認定の施工で糊の位置が分かるようなせっこうボード(タイガー両面ピッチボード)が出ましたよね?この前、耐遮会の研究会で見たのですが、職人が糊の塗布を間違えずに施工できるし、ゼネコンの監督さんにも説明しやすいので、これは非常に良いと思いますね。吉野さんの倉庫はこの辺では昔は新木場だけだったんですが、今は船橋にもありますから、パッと行けて商品の引き取りがとてもやりやすくなりました。欲しい時に欲しい数だけ必ず品物が手に入る、という安心感はすごく大切なことです。また、その船橋の倉庫のご担当の方が優しくて、しっかりと対応をしてくださり、素晴らしいんですよ!こういうところも含めて満足度は極めて高いですね。

 

 吉野さんの営業マンは2~3年で交代されるのでもう十何人以上お付き合いがありますが、その中でも思い出されるのは不慮の事故で急逝されてしまった営業の方ですね。彼とは良く飲みに行ったり、出かけたりしましたから今でもはっきりと記憶に残っています。 

 歴代の営業マンとはおしなべて良く飲みに行きますね。皆さん共通しているのは穏やかで優しい方ばかり、という印象です。須藤永作社長とは旅行などを何度かご一緒させていただいていますので、非常に近しい、親しみやすい印象を持っています。いつも穏やかで、沈着冷静で、優しく受け答えしてくださって・・・。永作社長は千葉の組合にも良く顔を出されるんですよ。これからも千葉には目を向け続けていただきたいですね。

 

 あと、これは当社の方向性と言いますか、吉野さんがいる前でちょっと話しづらいのですが、これから先は原点に返って「フローリング」にもっと重きを置いた内容にシフトしていこうかと考えているんです。本当に今、床ができる職人さんが少ないんですよ。となると社名にフローリングと付いている以上、うちができないというわけにはいかないじゃないですか・・・。近い将来には床、フロアの専門施工会社として確立するべきかな、と考えておりまして・・・。

 

タイガー)・・・これは衝撃的なお話で(苦笑)。

 

高橋社長)私が考える限り、うちは他の内装屋さんとは異なり、人数をつぎ込んで量をさばくというよりは、専門会社として、少数精鋭で床をつくる技術で勝負していくべきかな、そういう会社であるべきなのでは?と思っているんですね。となると「内装は全てうちでやります」という、今までのようなことが難しくなってくると思うんです。まぁ、急にではなく時間をかけて将来的には、といった感じなのですが。

 

タイガー)承知いたしました。引き続き、ご愛顧をよろしくお願い致します。本日は長時間、お時間いただきありがとうございました。

  • <吉野石膏の担当営業と一緒に>

<インタビューを終えて>

「いやぁ、27歳と25歳の娘のお相手が見つからずで、実は心配しているんです・・・」

「二人とも大学で学んだ生命化学の勉強を活かして、いい仕事をしているんですヨ!」と優しい父の表情で話しておられる姿が印象的でした。

 

 毎日手を合わすことを欠かさないという神棚を前に、野球からゴルフの話に移った時に「昔は飛ばすことしか考えていなかったが、今は飛ばさないように心がけている。肝心なのは振り回すことではなく、腰を据えて回転させること」とおっしゃっていた高橋社長。今回のインタビューでこの先のお仕事を見据えたお話がありましたが、それにも通じる太い芯のようなものを感じたタイガーくんでした。

 

「今でも週に2回のジム通い、お見事です!」

  • <「その一球」を堅実に捌いてきた愛用のグローブ>

  • <心を置く、毎日の習慣>

一覧へ戻る