中央ベニヤ株式会社 様
第五十一回 中央ベニヤ株式会社 様
永らく吉野石膏の商品をご愛顧いただいている
お取引先様のお気持ちを“吉野愛”という言葉に
置き換えて、そのお心をお伺いに回る
タイガーくんの“吉野愛”をたずねて。
お仕事への思い、商品への思い・・・。
さて、どんなお話が飛び出すでしょうか!?
企業プロフィール
会社名 : 中央ベニヤ株式会社 様
住所 : 山梨県甲府市相生1丁目16番15号
代表者 : 代表取締役社長 早川 勝 様
会社設立日:1977年(昭和52年)1月8日
事業内容 : 建築材料卸・内装工事・外装工事・建築工事
URL : https://www.chuveni.jp
第51回のお客様は、山梨県甲府市にある中央ベニヤ株式会社 代表取締役社長の早川勝さんです。
幼少期から家業を継ぐ者としての意識があったという早川社長。
「日々、一生懸命過ごしている延長線上に、明日がある」というお話からインタビューは始まりました。
<始めにこの会社のこと、そして早川社長ご自身のことを教えてください>
早川社長)はい。この会社は昭和21年に祖父が始めた会社で創業80年、私で3代目の社長になります。当時、祖父は山林を持っており、空襲で焼け野原になってしまった甲府の再建のために山の木材を伐り出して、製材し、販売したのが始まりと聞いています。当時は甲府駅に貨物列車で各地から木材やベニヤ材などの荷物が来ていましたから、それを降ろして、三輪車やリヤカーに積み込む作業をしなければなりませんから、この場所よりさらに甲府駅に近い場所に会社がありました。
その後、順調に復興を遂げる中で登場した2×6の新建材・ベニヤ板を広めるために山梨県中を売って歩いて、復興に向けての努力をしたようです。うちは社名に「ベニヤ」と付いています。「ベニヤ」とは単に商品の名前ではありますが、うちにとって内装関係の「ベニヤ」はまさに当社の心臓部とも言えるもの。やはり特別感がありますよね。
私は学生時代にパソコンの勉強をしていたのですが、いきなり世にWindowsが出てきて、その知識が役立たなくなました(笑)。しかしながら、その時間のおかげでいわゆるキーボードやPCアレルギーみたいなものはないものですから、その後のITやデジタルの世界に苦手意識を持たなかったのは良かったかな、と思っています。
そして東京の学校を卒業した後に、親から紹介された群馬県の建材屋さんで2年間修業をし、今から26年前の23歳の時に入社しました。帝王学と言うと大げさですが、子ども3人の中で唯一の男ということもあってか、幼少の頃から「将来は、お前が中央ベニヤを継ぐさ!やるさ!」と言われ続けていましたから入社は規定路線でしたし、自分でも特に違和感はありませんでした。群馬時代は学生しか知らない私が、よその会社で仕事の空気感を掴むための時間をもらい(とは言えほぼ遊ばせてもらってはいましたが(笑))、ド素人ではない状態で入社することは、今考えてもとても大切なことだった気がします。
入社してからは時の流れと共に、ハイ専務やりなさい、ハイ社長やりなさい、と特に節目を感じることなく今に至っています。父、母も共に元気で、会社の後ろ盾をやってもらっています。しかし、社長になって9年ですが、本当に色々なことがあって大変でした。就任直後なんて全体会議での四面楚歌なんて当たり前でしたからね。私の提案に対して全員に「NO!」って突きつけられたりして。けど、代が変わるとなると、多かれ少なかれ軋轢が生じるものじゃないですか、特に人間関係は。仕事とは、やはり人付き合いに尽きますからね。どの会社でも絶対にあると思いますが、後から来た人間は長くいた方たちに、自分のやり方を認めてもらえるまでの時間がかかりますし、そこを超えないと、次がありませんからね。うちの場合は働き方改革でしたでしょうか?個人に帰属していた仕事内容を、みんなで共有しようと試みたのですが、浸透するまでには皆の気持ちに逡巡があったように思いますし、今も進行中、やっと第一段階がクリアといったところでしょうね。会長(お父様)の睨みも効いていますから、有難い反面、やりづらいなと(笑)思うことも正直あります。社員には言葉を選んで、時にはトーンを変えて、話すことを常日頃意識しています。当面の目標としては、若い子たちが互いに教え合うことができる会社にしたいですね。そのためにも状況は簡単ではありませんが、リクルーティングにも力を入れており、理想を言えば毎年1~3人ぐらいは若い方を採っていきたいです。また、今までは外注だった職人さんも、高齢化などもあり、これからは自社で増やして行かなければならないな、と考えています。
協力会社さんは古くからのお付き合いで40社近くはあると思います。この関係作りも重要でして、私の考えとしては飲みコミュニケーションも良いのですが、何よりも大切なのは「しっかり稼いでいただける」ということですから、賃金をしっかりお支払いできるようにして、結果的に満足度の高い良いお仕事をお納めできるようにしていきたいです。
お陰様でこの9年間は増収増益で推移いたしました。この先も現体制強化をベースにしながら、例えばメンテナンス事業や現場検査業務など、少しずつ新しいことを増やしていきたいと思います。あと、夢としては増築を重ねてきたこの本社を、どこかで新築したいですね。あとは社名を若い子たちに売っていきたいですね。まずは会社の名前だけもでいいから。この業界を理解できないと思うので、少なくとも入口で弾かれないように名前を知ってもらいたいです。
タイガー)中央ベニヤのお仕事内容を教えてください。
早川社長)当社はB to Bでの住宅建材販売が中心で、材料から施工まで一貫態勢で工務店さんたちをバックアップできるような会社作りをしています。従業員は28人、売り上げは21億円の会社です。4名の営業部、8名の工務部、6名の配倉部、そして管理部の4部に分かれていますが、どの部署でも工務店さんや建設業者さんが仕事をしやすくなるように工夫をすることをモットーに仕事をしており、結果、地元の山梨に寄与出来るようになったらよいなと考えています。営業マンにはモノを売るだけでなく、お客様に建材のプロとしてアドバイスができるコンサルティング的な働きをして欲しいと思っています。工務部は工務店さんの下に付く監督として、家一軒から、部分施工まで、オーダー通りにお引き受けできる建築のスペシャリストになって欲しいですし、また、全員正社員の手によって責任運用していることが自慢の配倉も、普通は「配送」と記すのですが、ただお届けするだけでなく、お客様からの需要にすぐにお応えできるように選りすぐった材料をきちんと在庫することも大切と、伝統的に「配倉」と表していることも、うちらしいところかもしれません。この部署は最後にご注文の品をお届けする、言うなれば会社の顔のような仕事ですからね。車両も充実しており吉野石膏さんのせっこうボード配送に使用する4tフォーク付きユニックを始め、9台のトラックをフル稼働しております。
<「吉野石膏」についてお聞きします>
早川社長)吉野石膏さんとは切っても切れない関係で、うちの会長は吉野石膏さんの永一郎会長が社長の時代から、ずっと良くしていただいています。年間では平均10万坪ぐらいかと思います。商品としては通常のせっこうボードの他、機能性の高いものとしてはハイクリンボード、耐力面材のEXボードも扱っています。営業マンもずいぶん多くの方に担当していただきました。吉野石膏さんは皆さん、なんか営業スタイルが似ていますよね。他のメーカーに比べてせっこうボード中心ですから商品構成も少ないのに熱心に営業にきていただき、サポートしてくれるなぁ、と思います。
当社は吉野石膏さんと協力してせっこうボードのリサイクルにも取り組んでいて、当社で販売したものは端材を回収しています。お客様のボード処理費用の軽減を図ることはもちろん、地域・世界の環境保護につながる活動として、これは大切な取組みと考えています。そうした観点からは、紙とせっこうが簡単に取れるようになるといいですよね。あとは何と言っても重たい商品なのでこれからの高齢化や、力のない方でも体に負担なく仕事ができるように、実用的なパワースーツができるといいですよね。あとは職人さんも多様化、国際化していますから漫画や動画で施工手順や認定作業が確認できるようなものがあるといいと思いますね。
未だに分からないことがあるのですが、せっこうボードって、横張りと縦張り、どちらが正解なんですか?
タイガー)1枚張りなら縦張りです。
早川社長)そんなところから、色々確認しなきゃいけないぐらい、本当に奥深いってことですよね。
<インタビューを終えて>
平日はほぼ仕事で、土日のお休みも奥様と二人でお過ごしになられているという早川社長。この業界に多いゴルフも苦手、しかもお酒も召し上がらない、そしてギャンブルもしないのだとか。家でゴロゴロ、たまにお買いものやお出かけで過ごされているようです。「車だって目立つものに手は出せませんし、僕の私生活を聞かれても、ネタが無いんですよー」と笑っておっしゃっていました。
いつもお客様に寄り添い、プロのニーズにも迅速に、的確に応える姿勢が本社2階に位置する大型のコーディネートルームに反映されています。ここには扉だけでもご覧の規模で展示されており、内装、外装、照明など、実際に見て、触って、体感できるスペースの中、今日も和やかに商談が進んでいました!